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名古屋高等裁判所 昭和50年(行コ)12号 判決

控訴人 加藤清六

被控訴人 国 ほか二名

訴訟代理人 榎本恒男 山本忠範 ほか三名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

当審における訴訟費用(参加によつて生じた分を含む。)は全部控訴人の負担とする。

事実

第一申立

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  第一次的請求(被控訴人らに対する請求)

(一) 原判決添付目録記載の土地につき控訴人が所有権を有することを確認する。

(二) 被控訴人国は右土地につき名古屋法務局一宮支局昭和二四年一〇月四日受付第二四二三号をもつてした所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。

(三) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

3  第二次的請求(被控訴人国に対する請求)

(一) 被控訴人国は控訴人に対し控訴人が右土地につき昭和四一年六月二日付で同被控訴人に対してなした農地法施行規則五〇条の規定による買受申込みに対して、所有権の移転の期日を右同日、売払いの対価を五二八円とする売払いの承諾をせよ。

(二) 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

1  主文第一項と同旨

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

三  参加人

主文第一項と同旨

第二当事者の事実上の主張および証拠関係は次のとおり付加訂正するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

一  原判決の付加訂正〈省略〉

二  控訴人の違憲の主張についての補足の主張は別紙第一準備書面記載のとおりである。

三  被控訴人国の違憲の主張についての反論は別紙第二準備書面記載のとおりである。

四  証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所もまた原審と同じく、控訴人の第一次的請求を失当として棄却すべきものと判断する。その理由は次のとおり付加訂正するほか、原判決理由中に説示するところ(原判決一二枚目表五行目から同一六枚目表九行目まで)と同一であるから、右記載をここに引用する。

1、2、3、4(付加、訂正関係〈省略〉)

二  そこで控訴人の第二次的請求について判断する。

1  農林大臣が自創法三条等の規定により控訴人から買収した本件土地を管理していること、昭和三〇年ころ本件土地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じたこと、そして控訴人が昭和四一年六月二日農林大臣に対し本件土地の買受けの申込みをしたこと、控訴人が右買受けの申込みにあたり希望している売払い日および売払いの対価がそのとおり認めうべきかどうかの詮議は暫く措くとしても、農林大臣は農地法八〇条二項の規定により右申込みを承諾する義務があること、右売払い日すなわち本件土地についての売買契約の成立は本判決の確定時であるべきこと、以上の各点についての当裁判所の認定判断は、

原判決理由中の説示するところ(原判決一六枚目表末行から同一九枚目表五行目まで)と同一(〈訂正関係省略〉)であるから、右記載をここに引用する。

2  次に本件土地の売払いの対価について検討する。

(一)  売払いの対価については、昭和四六年四月二六日法律第五〇号による改正前の農地法八〇条二項後段には「この場合の売払いの対価は、その買収の対価に相当する額(耕地整理組合費、土地区画整理組合費その他省令で定める費用を国が負担したときは、その額をその買収の対価に加算した額)とする。」と規定されていたが、同法律改正により右二項後段の規定が削除され、農地法八〇条の規定による売払い等に関する特例等を定めたところの「国有農地等の売払いに関する特例措置法(昭和四六年四月二六日法律第五〇号)が制定され、同年五月二五日から施行された。そして同法二条は「農地法八〇条二項の規定により土地、立木、工作物又は権利を売り払う場合におけるその売払いの対価は、適正な価額によるものとし、政令で定めるところにより算出した額とする。」と定め、同特別措置法施行令(昭和四六年五月二二日政令第一五七号)一条一項は「法二条の売払いの対価は、その売払いに係る土地等の時価に一〇分の七を乗じて算出するものとする。」と定め、さらに同法附則二項は「この法律は、この法律の施行の日以後に農地法八〇条二項の規定により売払いを受けた土地等について適用する。」と定めている。そして右附則の「売払いを受けた」というのは、同法の施行の前日以前に、農地法八〇条一項の規定する自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じていたかどうか、および同日以前に旧所有者が土地等の買受けの申込みをしていたかどうかだけで定まるものではなく、農林大臣が同特別措置法の施行の日以後に買受けの申込みを承諾して、土地等について売買契約が成立した場合をさすものと解すべきであり、本件は、前記認定のように、同特別措置法の施行の前日以前に、すでに、本件土地を自作農の創設等の目的に供することを相当としない事実が生じ、かつ控訴人により本件土地の買受けの申込みがなされていた場合であるが、いまだ農林大臣の承諾がなされていないのであるから、本件土地の売払いの対価の金額は同法および同法施行令等の規定により算出されることになるというべきである。

(二)  ところが控訴人は、土地等の売払いの対価を、買収の対価に相当する額等から時価の七割に相当する額等に引き上げるという同特別措置法および同施行令は、本件土地を買収の対価に相当する額で売払いを受け得るという控訴人の既得権を侵害するものであり、その侵害は憲法二九条の規定する私有財産保護の立場から許されず、同特別措置法および同法施行令は憲法二九条に反し違憲無効であると主張しているので、この点について判断する。

自創法三条等の規定に基づく農地等の買収は自作農の創設とともに旧来わが国に存在していた前近代的な農地所有制度を改革し、農村における民主的傾向の促進を図ることを目的としていたものであり、-単なる土地収用の制度とは異なつた意義をもつていたものである-買収にあたつては、正当な補償がなされ、国は買収した土地につき完全な所有権を取得したものである。それ故、買収後の社会経済情勢の変動により買収土地等を自作農の創設等の目的に供することを相当としない客観的事態が生じても、右土地等を憲法上当然に旧所有者に返還しなければならないものではないが、買収は強制的に国がその所有権を取得する行為であるから、旧所有者の意向を尊重考慮し、旧所有者に右土地等を優先的に売り払うことが立法政策上当を得たものというべく、農地法八〇条の規定はその趣旨で設けられたものと解される。

そして、その売払いの対価を、買収の対価に相当する額とするか、又は売払い時における取引価額に相当する額とするかなどの売払い対価の決定の問題は、買収当時における買収の対価と一般市場における取引価額との相違、すでに売渡計画に基づき売り渡された買収土地等の旧所有者との均衡、地価の変動その他の社会経済情勢の変化等の諸事情を考慮してなされる立法政策上の問題である。しかりしかして、農地法の施行された昭和二七年当時においては、改正前の農地法八〇条二項後段に規定していた買収の対価に相当する額を売払いの対価とすることについては、立法政策上それなりの合理性があつたものと解せられるが、同法施行後市街地およびその周辺の土地の価額が次第に値上がりし、同特別措置法の施行された昭和四六年当時はもちろんのこと、控訴人により買受けの申込みのなされた昭和四一年当時でも、農地法施行当時に比較し、地価が著しく高騰していたことは公知の事実であり、右各時点で、買収土地等を買収の対価に相当する額で売り払うことは、一般の土地売買に比較して著しく均衡を逸し、農地売払い制度の存在趣旨に照らしても、極めて社会的公正の理念にそわなくなつていたということができ、改正前の農地法八〇条二項後段の規定はすでにその実質的な妥当性および合理性を失つていたものというに差支えないところである。

なお、進んで考えるに、本件におけるごとく、同特別措置法施行前に、買収土地等を自作農の創設等の目的に供することを相当としない事実が生じ、かつ旧所有者が既に農林大臣に対し右土地等の買受けの申込みをした場合、旧所有者は、改正前の農地法八〇条二項後段の規定により買収の対価に相当する額等で右土地等の売払いを受けられる一種の期待を有し、同特別措置法の施行後に、農林大臣が右買受けの申込みに対して承諾するにあたり、同法が適用されると、その期待が失われることになるとはいえるが、控訴人の買受けの申込み時および同特別措置法の施行時のいずれにおいても、改正前の農地法八〇条二項後段の規定はすでにその妥当性および合理性を失つていたことは前記のとおりである。

しかして憲法二九条二項には「財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。」と規定され、財産権の内容は常時、公共の福祉に適合するように法律により規定されていることが望ましいとされることからすると控訴人の前示のごとき期待は前記の農地買収制度および農地売払い制度の趣旨、目的に照らしても、これを法律上保護することはかえつて公正の理念に反し、公共の福祉にそわず、それは憲法二九条の規定による保障の対象となる財産権には含まれないものというべきである。

以上かれこれ考えると前記特別措置法二条、附則二項および同法施行令一条の各規定を憲法二九条に違反するとしてなす控訴人の違憲の主張は当らないこと自明である。

(三)  してみると、また、控訴人の買収の対価に相当する額による売払いを受けられる既得権を有し、かつかかる権利を立法行為により侵害されたとし、それを前提としてなす主張のいずれも採りえないことはいうまでもなく、本件土地の売払いの対価はその売払い成立時施行の規定により算出しなければならず、同特別措置法による対価の額は控訴人の主張する売払いの対価五二八円をはるかに超えるところ控訴人が五二八円を超える金額の対価では、買受ける意思のないこと-それを買受けの条件内容とすること-を当審口頭弁論期日で陳述し宣明している本件においてはその余の判断をまたず、控訴人の第二次的請求はとうてい容認する余地がなく棄却するほかないものというべきである。

三  しからば、右と同旨に出た原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、民訴法三八四条、九五条、八九条、九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三和田大士 鹿山春男 新田誠志)

別紙

第一準備書面

原告は昭和五一年一月一九日付準備書面により、国有農地等の売払いに関する特別措置法(以下「特別措置法」という。)および国有農地等の売払いに関する特別措置法施行令(以下「特別措置法施行令」)は憲法二九条に違反する旨主張するが、以下に述べるとおりその主張には理由がない。

一 自作農創設特別措置法三条に基づく農地の買収は、自作農の創設とともに前近代的土地所有制度を改革し民主化することを目的としたものであるが、これは正当な補償のもとに行われたものであるから、その後に買収農地を右目的に供しない事態になつたとしても憲法上当然に買収農地を旧所有者に返還しなければならないものではない。

二 ただ右買収農地は、自作農の創設等の特定の行政目的のために、旧所有者の意思いかんに拘らず、強制的にその所有権を取得する(もちろん対価は支払われる)行為であるから、右買収目的が消滅したとき、旧所有者等の意思を考慮し旧所有者等にこの権利回復を認めることも、立法政策上妥当な措置といえる。改正前の農地法八〇条所定の買収農地売払制度はこの趣旨から設けられたもので、しかも自創法によるいわゆる農地改革後さほど時を経ていない右法律施行当時においては、買収対価相当額による売払も、立法政策上妥当な措置として是認できた。

三 しかし、右改正前の法の制定、施行後長年月を経過する間、社会経済情勢の変動は激しく、当初の予想をはるかに越るものがあり、特に地価の高騰は顕著なものであるから、右法改正当時において買収対価相当額で売り払うということは、一般の土地売買に比較して著しく均衡を失し、農地売払制度の趣旨を考慮しても、著しく社会的公正の理念に反し、その合理性を失つていたものというべきである。したがつて、改正前の農地法八〇条が予定していた買収対価に相当する価額による買収農地の売払い請求権は、もはや明らかに不合理なものとなつており、憲法二九条による保護に値しないものと化していたというべきである。この理は原告が昭和四一年六月二日に買受け申込みをしたとしても何等異ならない。すなわち、自創法により買収した当時の地価に比し昭和四一年当時の地価が著しく高騰していたことは公知の事実である。

四 このように特別措置法(二条)は、右に述べた著しい地価の高騰等の社会、経済事情の変動に即応させるべく、売払い価額を適正な価額によるものと改正して、時価を基準とするものであるから、立法政策上これをなしうるものであつて、そうすることが直ちに憲法二九条に違反するものではなくかえつて、財産権の内容は公共の福祉に適合するように定めるという憲法二九条の法意に合致するものであり、同法施行前に発生している買収農地売払い請求権について一律にその適用を認める同法附則二項等の規定も立法上許容されるものと解すべきである(名古屋高裁昭和五一年三月二二日判決、判例時報八二三号六二頁参照)。

第二準備書面

本件に関しては、国有農地等の売払いに関する特別措置法(昭和四六年法律第五〇号)並に関連政令は憲法第二十九条の私有財産権の保護の規定に反し、違憲である。これが違憲であるか否かの判断は個々の事案に即して判断されるべきであり、殊に本件に関しては、

一 本件土地は既に昭和三〇年頃には完全に宅地化して建物が建つていて農地法八〇条二項による売払適地であつた点。

二 控訴人は既に昭和四一年六月二日、農林大臣に対して、当該国有農地の買受申込みをしていた点。

三 右国有農地の買受申込みに対して農林大臣が長年月の間不法にも不作為のまま放置していた点。

等々の諸般の特殊な事情に鑑み且つ前記農地法八〇条の改正について、国有農地等の売払に関する特別措置法並に関連政令が制定された特殊な経緯に徴しても、これが憲法二十九条の私有財産権の保護の規定に反して違憲であることは明らかである。

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